西新宿ヤンキースニュースレター9月号 HOMEへ


さぁ、9月になりました。15日からいよいよ連盟秋季大会が始まります。今までの練習の成果を発揮して上位に食い込んで行きましょう。21,22日は楽しみにしているお祭りも始まります。それでは9月の報告をします。
9月8日は朝から雨でしたが9時過ぎに小降りになったので10時西小集合。2時間ほど練習してあがりました。この日から小林竜也君が入部してきました。これでBは16名体制になりました。3月の時点では7名でしたが6ヶ月で倍以上になりました。
9月15日は連盟の開会式でした。7時にテニスコート集合、7時半に戸山グランドに到着しました。8時から開会式が始まり9時前に終了。そのまま西小に戻って練習をしました。この日戸山で柏木の丹羽監督に会って3時から北新グランドで練習試合をお願いしました。監督は2時からAが山野レッドイーグルスとの試合があるため1時過ぎに学校を出ました。2時からの試合は強敵山野に対して3:3と善戦。特に詠得のピッチングとレフト線への大きなヒットには圧巻されました。
監督はそのまま北新グランドに戻りました。着くとすでに試合が始まっており、0:1で負けていました。
結果は11:4で勝ちましたがこの日、特筆すべき点は健登のレフトフェンスオーバーの大きなホームラン。指導者としての6年間でBのフェンス越えは初めて見ました。5時過ぎに北新を出てテニスコートで解散しました。この日は朝早かったのでみんなも疲れたことでしょう。
9月16日、いよいよ連盟1回戦です。相手は市谷チーターズ。9時に西小集合で10時半くらいまで練習して西落グランドに向かいました。でも、9時過ぎから降ってきた雨、大丈夫かなぁ・・・
11時過ぎに背番号あわせをし、いよいよ試合開始です。ヤンキースは後攻。雨足は次第に強くなってきます。1回表、ピッチャー健登、この日は素晴らしいピッチングでした。一人をフォアボールに出すもあとはすべて三振。結局4人で抑えチェンジ。裏ヤンキース攻撃。なんとか1点先制。2回表、これもまたチーターズ打線を3三振。すっばらしぃ!!
2回裏、列雄が公式戦初ヒット。やったぁぁぁ、練習の成果が出ましたね。がしかし、グランドが雨でぬかるんでここで試合中止。いいピッチングだったのにもったいなかったですぅ。2時過ぎにテニスコートで解散しました。再試合は21日、1時からになりました。
お祭りの日にぶつかってしまいましたね。
21日は秋季大会一回戦、先日のチーターズとの試合がノーゲームでこの日再対戦でした。
朝シェリーの散歩に行きがてら熊野神社に5円お賽銭を入れてきました。(せっ、せこい)
9時に西小集合、練習をして12時過ぎに戸山グランドに到着。お昼を食べてさあ、試合開始です。1回表、チーターズの攻撃、〇点。1回の裏ヤンキース2点、2回表、1点、裏、ヤンキース1点。3回も0点に抑え裏に8点とって11:1のコールド勝ち。この日は健登の2ホーマー、そして祥太の初ホームラン、龍太郎の3塁打。祐樹のヒット、昴のヒットとみんな大活躍でした。この日は熊野のお祭り。夕方6時前に少し神輿を担いで6時半にヤンキースのみんなと熊野神社に集合。試合のご褒美で好きなものを買ってあげました。そのあとはお母さんたちと飲んで9時過ぎに解散。監督はそのあと欅橋の神輿を少し担いで帰りました。
22日はいよいよベスト4進出をかけての2回戦です。相手は四花スワローズ。今年に入って3月21日に大宮のグランドで練習試合をして1:9で負けています。ピッチャーの
白井君はサウスポーでコントロールもよく、球も速いです。先日の自性院との戦いではパーフェクトを出しています。どこまでふんばれるでしょうか・・・
1回表祐樹のフォアボールから相手のエラーで1点先取。1回裏ピッチャー、内野のワイルドピッチで4点を取られ2回は両チームとも無得点。3回表、渓のデッドボールから2,3塁へスチール。そして祐樹の犠打で渓がバックホームして1点奪取。その裏2点取られ4回最終回またまた健登のホームランで1点取り返したもののそのあと続かず3:6で負け。結果は負けでもとても充実した試合でした。しかし2試合で3ホーマーの健登には驚かされます。ピッチングでも後半は素晴らしいピッチングで最終回は打者3人を3三振で抑えました。この日はボブも雅も一気も試合に出れてよかったね。聖人は調子悪かったかな?さあ、残す公式戦はナインリーグの決勝戦だけです。どこのチームが上がってくるかな?この日の夜もお神輿を担いでそのあとお宮さんでみんなで飲みました。
23日、ヤンキースはお休みでしたが、監督は四花スワローズと東戸山スリースターズの試合を見に行きました。四花の応援席に行くとお母さんたちが缶コーヒーやらポカリスウェットをくれたりと、いたれり尽くせりでした。試合の結果は2:1でスリーの勝ちでした。7回まで投げぬいて2:1とはBでは考えられない試合ですね。
28日は授業参観、29日は学校でバザーがあるためグランドが取れておらず、Aの午前中の西戸山パワーズとの試合だけです。さあ、早くも10月に入ります。今年に入って24試合をこなしています。そして戦績は15勝9敗、勝率6割2分5厘です。
10月もできる限り試合を入れていきたいと思います。


「鉄腕アトム」
1963年(昭和38年)1月1日〜1966年(昭和41年)12月31日まで鉄腕アトムが放映されました。虫プロ、手塚治虫の作品でした。
2003年4月7日前後からまた新たな作品として、放映されます。なんとこの日は鉄腕アトムが誕生した日だそうです。またリバイバルヒットになることでしょう


「大きな古時計」
今、平井賢がリリースしている「大きな古時計」がオリコンヒットチャートで1位になっています。この歌は1876年にアメリカの作曲家ヘンリー・クレイ・ワークによって作曲されたものですが、「NHKみんなのうた」で1961年に「大きな古時計」として放映されて以来、その温かみのあるメロディーと親しみのある歌詞で日本でも多くの人々に愛され歌われています。
実はこの歌には誕生秘話があったのです。
この歌の作曲家ワークが巡業公演に行ったイギリスのピアスブリッジの近くにあるジョージ・ホテルに泊まりました。そのホテルには古びた11:05で止まっている時計が置かれていました。何故壊れている時計を置いてあるのかをその主人に尋ねるとエピソードを語り始めてくれました。
(そう、古時計の針が指し示している11:05はちゃんと意味があったのです。)
ワークが訪れる数年前まで、ジョージ・ホテルはジェイキンズという二人の兄弟によって所有されていました。彼らは生涯独身でしたが、地元の人々からは信頼も厚く付き合いのいい兄弟でした。この時計は時間がずれたりすることもなく1年中正確な時を刻み続けていたそうです。
ある日、ジェイキンズ兄弟の弟が病に倒れ、そのまま亡くなってしまうと今まで正確に刻んでいた時計の時間が急に遅れ始めました。最初は数分の遅れでしたが葬儀が終わると、修理氏さんが注意して管理していたのにもかかわらず、ついには一日に15分も遅れるようになってしまいました。
弟さんの死から1年以上経過したある日、後を追うように今度はお兄さんが亡くなりました。彼の死を聞きつけてホテルのロビーに集まった彼の友人たちは大きな時計を見て騒然としたといいます。というのも、時計の針は11:05、つまり彼の死の瞬間の時刻を指し、動いていた時計の振り子もその動きをまったく止めてしまったのです。
新たなホテルのオーナーがその時計を専門家に直させようと何度も挑戦しましたが、結局失敗に終わり、その針は最後まで11:05を指し続けていました。
ワークはオーナーから聞いたこの話から強いインスピレーションを受け、その日一晩中寝ずにこの逸話についての曲を書き上げ「My Grandfatherユs Clock」という曲として発表しました。