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さあ新体制のもと新たな始動です。また1年間練習に試合に精進して邁進して行きましょう。それでは12月の活動報告をします。
12月1日は9時に西小集合で現体制の最後の練習が行われました。そして11時からは戸山一中で大淀支部ナインリーグの表彰式、及び閉会式が行われました。ヤンキースはパワーズとともに同率1位で優勝。盾と表彰状が手渡されました。そして1時から本年最後のメインイベントの納会と卒団式が淀橋会館で行われました。みんなにトロフィーや盾が送られとても充実した納会でした。この日、料理を準備してくれたお母さん方、ありがとうございました。そしてBのキャプテンに選ばれた竜也、1年間みんなを引っ張っていってください。
8日からは新体制のもと練習が行われました。10時に西小集合で4時過ぎまで練習をしました。
15日も9時に西小集合で終日練習でした。塚田監督は午後からオール落合(中学軟式野球部)の納会と卒団式がセンチュリーハイアットで行われるためそちらのほうに出席しました。卒団式もフィナーレを迎える頃卒団する3年生9名とその母親たちが壇上に上がりました。そしてその9名のなかのキャプテンが母親宛てに書いた手紙を涙を流しながら読みました。「お母さん、いつも寒いときでも汚れたユニフォームを手で洗ってくれました、ありがとう。握ってくれたおにぎり、とても美味しかったです、ありがとう。お父さん、挫折して野球をやめようと思った時、ぼくを励ましてくれました、ありがとう。仕事が忙しいときでもたまにグランドに来て試合を見てくれました。誉められたときは嬉しかったです、ありがとう。」こんな文章だったと思います。それを聞いていた監督も泣いてしまいました。中学では中学なりの感慨深い思い出があるんでしょうね。この日ここのホテルでは何組もの結婚式が行われていました。監督も20年前、ここで結婚式を挙げました。式場は「束の間」でした。だから結婚生活の愛情も束の間で終わってしまったんでしょうか?
・ ・・冗談です。
この日Aは江戸川区のオレンジイーグルと練習試合でした。松村監督に聞くと二桁得点でダブルヘッダーで勝ったそうです。白星スタートですね。Bもあやかりましょう。22日は戸山グランドで9時から中野セネターズと、11時から四花スワローズと練習試合の予定でしたが昨夜からのあいにくの雨。とりあえず7時過ぎに戸山グランドに見に行きましたがどうも出来そうにありません。急遽、セネターズとの試合を西小でやることにしました。先発、弘太郎。リリーフに祥太。見事におさえてくれて12:8で勝利。午後はスワローズがとってくれた迎賓館近くのグランドでAB両方試合をしました。両チームとも二桁得点で勝利。幸先のいいスタートでした。そう塚田監督が監督を始めてから白星スタートは今回が初めてです。この調子でガンガン行きましょう。23日は終日練習。今日で練習納めです。最後は大人と子供たちをシャッフルして試合をしました。
1年間、皆さん、お疲れさまでした。来年も良い年になりますように。1月12日にお会いしましょう。
少年野球のホームページから転用しました。
随想 <美しき空席>
それは、月の美しい土曜日の夜でした。まだ、日本と言う国が旅行の自由化を始めて五,六年しか経っていない昭和四十五年頃の渡航先でのお話です。
私は、現地の日系人とドライブに出て、眼下に海を見下ろす瀟洒なレストランで夕食をとりました。そこに入ってすぐ目についたのは、花をいっぱい飾って、二本の大きなローソクを点した窓辺のテーブルでした。言うまでもなく予約席です。私たちは、その近くに案内されましたが、どんな人たちがこのテーブルに着くかしら、そして、今宵、何を祝おうとしているのかしらと、非常に興味をそそられました。花は、純白の百合や菊、カーネーションといったものばかり、ローソクは、二時間たっぷり持つもので、窓から吹き上げる潮風にも消える気配の無い大きさでした。
私たちは、ゆっくり食事をとりましたが、とうとう最後のデザートになっても、予約席には、誰も現われませんでした。ローソクは、すっかり短くなりました。それでもたいして気にも留めていなかったのですが、気が付くとマネージャーと給仕長はそこを通りかかるたびに立ち止まって情のこもったまなざしで、そこだけぽつんと空いているテーブルをじっと見つめているのです。それがいかにも優しくて、それでいて妙にもの哀しそうなので、私はマネージャーに聞かずにはいられませんでした。すると哀しいいわれがあったのです。
「ちょうど、五年前の今夜でした。結婚式を挙げた若夫婦が、このテーブルでお祝いの食事をなさいました。ローガンさんという船の乗組員のご夫婦で、やはり今夜のように花を飾りローソクを立てましてね、とても幸福そうでしたから私どももはっきり記憶しているのです。次の年の記念日にもやはり二人でみえたのです。そして同じテーブルで食事をなさったのですが、三年目には五ドルの為替と電報が来たのです。奥さんが乳がんで亡くなられ、自分は航海中で来られない、しかし、あのテーブルには自分たちの為に予約しておいてくれないか、という文面でした。
あの清らかな美しい奥さんが・・・・と、私どもはびっくりしてご希望どおりしたのですが、それから毎年きまって、為替と電報が来るのです。去年は横浜、今年はロンドンからまいりました。きっと今ごろローガンさんは遠くの空で亡くなった奥さんの事を思っておいででしょうね。」
そう話すマネージャーの話を聞きながら、なんと素晴らしい話なのだろう。私は深く心を打たれました。それと同時にマネージャーの心遣いにも嬉しく思いました。卓上に飾られた花代だけでも五ドル以上のものでしたから・・・もっと話を聞いているうちに、この五ドルの為替がそっくりローガンさんの奥さんが眠っている教会に毎年寄付されていることを知って私も同席の日系人も、人の心の美しさにますます感動してしまいました。花を飾った中で大きなローソクの炎が、かつての日の優しい愛情に結びついていくような美談は、まるで現実を超越した一遍の詩を誘うような美しい話ではないでしょうか。。
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